SAP S/4HANA Cloud の拡張コンセプト (クリーンコア) と拡張方式

プロアクシアコンサルティングでは SAP S/4HANA Cloud, Public Edition のご紹介・ご提案から導入のご支援までご提供させていますが、本ブログでは SAP S/4HANA Cloud における”拡張コンセプトと拡張方式”について、その特徴および概要を説明します。

目次

  1. 拡張コンセプトと拡張方式の特徴
  2. クリーンコアを実現する拡張手法
  3. ABAP 開発と言語バージョン
  4. まとめ

拡張コンセプトと拡張方式の特徴

SAP S/4 HANA Cloud, Public Edition のコンセプトは、Fit to Standard です。
Fit to Standard とは業務をシステムに合わせることを目的とする導入手法で、従来型の Fit & Gap とは異なりアドオン機能が一切作成できない仕組みになっています。

一方で、Fit to Standard によってシステムが構築されることで、ERP 環境のコアはクリーンに保たれる (=クリーンコア) ことになり、SAP が提供するアップデートや新しいイノベーションを継続的に導入することが可能になっています。
仮に、特定の企業の要件に合わせてシステムをカスタマイズしたとしても、コアビジネスアプリケーションについては常にアップグレード可能な状態を維持していると言うことができます。

しかしながら、自社の業務が標準機能に適合しきれないケースが発生することは想定されます。
それに対しても ERP コアに影響を及ぼさないシステム拡張の手法が提供されています。

クリーンコアを実現する拡張手法

システム拡張は大きく、”SAP S/4 HANA Cloud システム内での拡張” と、”SAP の外部で行う拡張” の2種類があります。
それぞれの拡張手法の特徴を以下に説明します。

1. SAP S/4HANA Cloud に統合された拡張

① キーユーザー拡張性

SAP S/4HANA Cloud 内に提供されている拡張性アプリケーションを用いることで、ローコード/ノーコードの拡張を行うことができます。

以下のような例の拡張を行うことが可能です。

  • 購買発注画面上に企業独自の管理番号を保持したい場合に、新規の画面項目の作成と標準画面への項目追加をノーコードで実装
  • SAP S/4HANA Cloud 内のデータを取得する為のカスタムのビューを作成し、これをデータソースとする独自のレポートや KPI レポートの作成
  • 事前準備された PDF 帳票フォーム (※1/2) や通知メールの文面フォームのカスタマイズ
  • 独自で管理するデータの定義と登録
  • 更新画面の定義をカスタムビジネスオブジェクトとしてノーコードで作成
  • ERP に事前に用意された拡張ポイントに対して、ABAP 言語による軽微なビジネスロジックの追加 (※3)

※1. PDF フォームのカスタマイズには、Adobe LiveCycle Designer を使用してレイアウトを調整する必要があります。
※2. キーユーザー拡張の範囲ではありませんが、カスタムフォームを作成して BTP > SAP Forms Service by Adobe サービスのテンプレートストアに保存し、API 経由でデータを連携することで、カスタム帳票の出力を行うことも可能です。
※3. キーユーザー拡張性に制限された ABAP (ABAP for Key User) での拡張のみが可能です。

UI 変更の例

帳票フォームのカスタマイズの例

② 開発者拡張性

2022 リリースより提供が開始された拡張方式で、SAP S/4HANA Cloud 内に ABAP 言語 (※4) によるアドオン開発可能になりました。
事前に定義されたポイントに対する拡張へのより複雑なビジネスロジックの定義や、CDS ビューをベースとしたバックエンドサービスの開発が可能となります (※5) 。
クリーンコアが前提であるため、SAP S/4HANA Cloud へのアクセスは公開されている API のみとなりますが、 SAP 内での開発である為、後述の Side-by-Side 拡張に比べて ERP へのデータアクセスは容易に行うことができます。
ここで利用可能な ABAP については、キーユーザー拡張用 ABAP と異なり高度な開発スキルが必要となる為 (※6)、開発パートナーへ実装を依頼することになります。

※4. 開発にはADT(ABAP DevelopmentTool)が必要となります。
※5. UI開発は、統合開発環境 Business Application Studio (BAS) での開発が必要です。
※6. Cloud に特化した ABAP 言語バージョン (ABAP for Cloud Development) となるため、オンプレミス版 SAP の ABAP と同等の開発は行えません。

開発者拡張の例
定められたポイントへの ABAP Cloud によるロジックの追加が可能です。
ただし、MARA などの従来の透過テーブルへのアクセスや UI 関連の汎用モジュールなどの使用は許可されていません。
公開された API (CDS View) の I_product などへのアクセスのみが可能です。

 

ABAP RESTful Application Programming Model (RAP) によるバックエンドサービスの開発も行えます。
データモデル (CDS View) 、動作定義と実装 (ABAP) 、サービス定義を行います。
ただし、UI の開発には SAP Business Application Studio による開発を行い、サービスとバインドすることになります。

2. SAP S/4HANA Cloud 外部での拡張 (Side-by-Side 拡張)

キーユーザー拡張や開発者拡張と異なり、SAP S/4HANA Cloud 外部でアドオンプログラムを作成し、公開 API を通じて SAP S/4HANA Cloud と接続・拡張する方法です。
従来のオンプレミス型であれば ERP 内部にたアドオンプログラムを作成していましたが、アプリケーションの外部化によりクリーンコアを実現しつつ、拡張性も確保しています。
アドオンプログラムの外部化は、従来の ABAP 言語による開発だけでなく、Java、JavaScript 等の言語も選択可能となり、OSS (Open Source Software) として提供されるライブラリやフレームワークの活用もできる為、ABAP 開発に限定されない開発機能要件の幅も広がります。

SAP Business Technology Platform (SAP BTP) はカスタムアプリケーション開発をサポートするクラウドベースの PaaS 型システム基盤となりますが、
アプリケーション開発以外にも活用可能な各種サービスが提供されており、Side-by-Side ソリューションを構築をサポートします。
BTP は以下の5つの主たる機能で構成されています。

① アプリケーション開発

SAP Build は、BTP 上にリリースされたアプリケーション開発や RPA 開発の為のローコード/ノーコードツール群で、Build Apps や Build Code、Process Actomation などが含まれます。
SAP Build Apps は、ドラッグ&ドロップで画面配置を行うなど簡易的な機能を作成することが可能な開発ソリューションです。
また、API を介した ERP へのデータ処理の実装や、Build Wok Zone へのデプロイだけでなく、モバイルアプリケーションの開発も可能です。
一方、SAP Build Code は、SAPUI5、Fiori アプリケーションやフルスタッククラウドアプリケーションなど、複雑な拡張開発を行う為のプロコード用の開発ソリューションで、Joule コパイロットを利用した生成 AI によるコード生成もサポートしています。
これらの開発されたアプリケーションを実行する為の Launch をデザインする為の Build Work Zone や、 統合開発環境となる Business Application Studio (BAS) 等も提供されています。
BTP 上には、ABAP 開発のための PaaS として ABAP Environment も提供されています。
クラウドアプリケーションの開発環境および実行環境である SAP HANA Cloud を基盤とした ABAP プラットフォームで、ABAP for Cloud による独自の OData サービスやカスタムコードの生成が行えます。

Build Apps の例

Build Work Zone, standard edition の例

② プロセス自動化

Build Process Automation は、SAP 社が提供するワークフロー/ RPA ソリューションです。
ドラック&ドロップでフロー作成し、ローコード/ノーコードでワークフローや RPA を開発することができます。
Build Process Automation と S/4 HANA Cloud との統合も可能です。

Build Process Automation の例

③ インテグレーション

Integration Suite は、SAP と周辺システムとの連携を行うツールで、プロセスフローの定義・開発が可能となります。
従前の SAP XI (Exchange Infrastructure)、SAP PI (Process Integration) と呼ばれていた統合ツールと異なり、クラウドベースかつサブスクリプションモデルでの提供となります。
SAP 社の製品の Concur や Ariba などとの連携を含む、豊富なコンテンツやコネクタの定義が事前に用意されていますし、Open Connectors によるオンプレミスシステムとの統合や API Management による API の管理もサポートしています。
また、Event Mesh は送信元メッセージのキューイング・受信者へのパブリッシュ機能を持ち、SAP の製品やサービス・サードパーティのアプリケーションと非同期な連携を実現することが可能です。

Integration Suite の例

④ データ&アナリティクス

SAP Analytics Cloud は、ダッシュボード機能や管理会計レポートなどのデータの可視化や分析を行う BI としての機能に加え、財務予算編成/管理に関する様々な機能を提供します。
SAP Datashere を介することで、クラウド/オンプレミス型の SAP、非 SAP をデータソースしたレポートの作成なども可能です。
SAC Planning により財務予算編成/管理に必要なデータ入力やバージョン管理、配賦ルールの定義と予算配賦、簡易シミュレーション・予算/予実レポートなどの機能があります。
画面上で情報共有しながら予算策定を行うなど、関係者間でインタラクティブな予算・計画管理をすることが可能です。

SAC の例

⑤ 人工知能

生成 AI アシスタントとしての Joule が、SAP アプリケーションのポータル画面などにチャットボットとして登場します。
生成 AI のテクノロジーベンダーと協業し、その技術が SAP のビジネスプロセスに取り込まれています。
また、Vector Engine が搭載された Vector Database により、画像・音声・テキストなどの各種データをベクトル化し、数学的な分析を行えるようになっています。
前述の通り、SAP Build Code では Joule コパイロットを利用した生成 AI によるコード生成もサポートしており、アプリケーション開発の自動化による開発生産性の向上を図ります。

Build Code 上での Joule の使用例

他にも BTP 上では様々なサービスが提供されており、それらを活用することでビジネス要件に応じた拡張開発を行うことが可能となります。

※ BTP における開発事例については、こちらのブログもご参照ください。
https://www.proaxia-consulting.co.jp/engineerblog/blog2023-11/

ABAP 開発と言語バージョン

ABAP 開発については、前述の各拡張方式毎に、使用可能な ABAP 言語バージョンや開発方法が異なります。
クラウド拡張においては、従来のクラシック拡張で用いてきた構文の内、クラウド環境に不要・不適切な ABAP 構文は使用できなくなりますので、注意が必要です。

まとめ

SAP S/4HANA Cloud, Public Edition における拡張コンセプトと特徴と実際の拡張手法についてご説明してきました。
SAP S/4HANA Cloud の拡張手法はオンプレミス型 SAP の拡張手法 (クラシック拡張:密結合) とは異なり、ERP コアに影響を与えないこと(疎結合)を主眼としたアプローチとなります。
これにより、ERP のクリーンコアを確保され、

  • オンプレミス時のようなアップグレードプロジェクトを立ち上げることのなく、アップグレード作業の負荷を軽減
  • 毎月のシステムアップデート・年2回のシステムアップグレードと高頻度なアップグレードへの迅速な対応
  • SAP が新規投資をクラウド製品に集中することから、継続的なイノベーションの享受

といったような利点を生み出し、活用するクラウドシステムの付加価値を高めることになります。
また、BTP の豊富な機能はアプリケーション外部化と拡張性も確保しつつ、クリーンコアの実現を支えます。

※ SAP S/4HANA Cloud, Public Edition のアップグレードに関する事例については、こちらのブログもご参照ください。
https://www.proaxia-consulting.co.jp/engineerblog/blog2024-04/

上記の通り SAP S/4HANA Cloud における拡張開発の考え方・手法・メリットをご説明してきましたが、追加開発には構築工数や費用が必要となります。
稼働後のアップグレードにおいてもクリーンコアは保障されるものの、追加開発に対する影響確認や保守には費用が発生する為、”Fit to Standard” のコンセプトをベースとすることには変わり無い点は、念頭においていただきたいと思います。

※ 製品/サービスに関する詳しいお問い合わせや機能デモのご依頼・ご相談は、 弊社 Web サイトよりお問い合わせください。