必見!パブクラの自動アップグレード対応を実例に基づいて解説
SAP S/4HANA Cloud, public edition (以下、パブクラと略します) については、導入に関する記事が多く書かれていますが、稼働後のメンテナンス作業についての記事は少ないため、この記事では2ランドスケープ(※)の実務経験に基づいて、半期ごとの主要アップグレードリリースに向けた準備作業を共有します。
※2022年後半より、新規契約のパブクラは3ランドスケープの環境が提供されています。
この記事は以下の質問に対する回答を目指しています。
- パブクラの半期ごとの主要アップグレードに向けて、どのような準備が必要ですか?
- SAP が自動的にアップグレードを行うはずですが、なぜ顧客側でも作業が必要なのでしょうか?
- アップグレードごとにどのようなサイクルと段階で作業を行うべきでしょうか?
- より効率的なアップグレード作業を進めるために利用できるツールやアプリはありますか?
本稿は以下の構成でまとめています。
- アップグレード時に作業が必要な背景
- アップグレード期間中の各フェーズでの作業
- Q システムアップグレード前
- Q システムアップグレード後
- P システムアップグレード後
- 補足
それでは、記事の主旨に進んでいきましょう。
アップグレード時に作業が必要な背景
SAP 社がパブクラのアップグレード作業を実施しますが、顧客側 (各社の ICT 部門または保守部門) も以下の理由によりスムーズなアップグレード体験と業務の円滑化に向けて、深く関与する必要があります。
- 継続的な新機能リリースと機能改善
パブクラは継続的に新機能がリリースされ、既存の機能やアプリが非推奨になることがあります。非推奨対象はすぐに無効になるわけではありませんが、基本的には将来的にフェーズアウトされるため、後継のアプリに切り替える必要があります。
これに伴う権限の更新やエンドユーザへの通知と教育も検討する必要があります。(※1) - カスタム項目拡張と CDS の利用
カスタム項目拡張やカスタム CDS、カスタム分析クエリを使用している場合、アップグレードにより非推奨対象となる CDS やその中の要素が現れることがあります。
これらも後継のものに切り替える必要があります。 - 機能の変更と不具合の検証
アップグレードにより機能自体に大きな変更がない場合でも、不具合が発生する可能性があるため、自動化テストツールを活用して検証することが重要です。(※2)
次に、アップグレードリリース前、中、後の3つのフェーズごとに準備作業について詳しく説明します。
アップグレード期間中の各フェーズでの作業
Q システムアップグレート前
キーワード:移送不可期間、What’s New、RASD、PUT テストプラン確認
アップグレートとメンテナンスのスケジュールは以下のリンクに記載されています。
SAP S/4HANA Cloud, Public Edition, 2-System Landscape & SAP Marketing Cloud – Upgrade & Maintenance Schedule
2024年には2回の主要アップグレートが予定されています。
Master Plan | Major Update DownTime Schedure 1 | Major Update DownTime Schedure 2 |
---|---|---|
Cloud half-yearly release name | 2402 | 2408 |
Release to customer (RTC) | Jan.24 | Jul.26 |
Q (Quality), S (Starter) and other types of system (e.g.Sandbox) | Feb.03/04 | Aug.03/14 |
P (Production) systems | Feb.17/18 | Aug.17/18 |
Q システムは先行リリースされ、2週間後に P システムが本番リリースされます。このセッションでは、Q システムにリリース前の段階に焦点を当てて説明します。
Q システムと P システムの整合性を確保するため、上記のスケジュールに従い、Q システムはアップグレードリリース前の3日から P システムリリースまでの間、移送がフリーズされます。この期間中はカスタマイズ、拡張、帳票などの変更は行えません。
具体的な対象については以下の KBA をご参照ください。
3097708 – Release upgrade for RISE with SAP S/4HANA Cloud 2-System and 3-System Landscape – SAP for Me
全てのカスタマイズとオブジェクトインポートは、Q システムアップグレード前に P システムに移送する必要があります。(※3)
一方、各アップグレードの新機能、変更点、非推奨アプリ、CDS などの情報は SAP Help Portal の What’s New Viewer に詳しく掲示されています。(URL)
ただし、上記はパブクラ全体の内容が含まれており非常に情報量が多いため、Release Assessment and Scope Dependency (RASD) ツールを活用すると、利用しているスコープに基づいてパーソナライズされた情報が提供され、システムに影響を与える変更点などを効率的に把握できます。
以下は2402アップグレードの際の RASD ツールの例ですが、利用中のオブジェクトの中で11アプリ、3つの API、1つの CDS が非推奨または削除されています。これにより、14のビジネスカタログと2つのカスタム CDS が影響を受けます。
さらに詳細な対象内容を確認するために Excel に出力できます。基本的には、非推奨対象に関連する後継アプリやオブジェクトも記載されています。
※Q システムアップグレード後、権限整備作業による後継アプリの権限付与については、カバーされています。
※非推奨にされたカスタム CDS の後続アクションについては、「アップグレードリリース後」 の章に記載されます。
変更点が What’s New や RASD で把握できているものの、既存の業務操作に支障がないかどうか不安を感じるかもしれません。そのため、Post-Upgrade Test (PUT) と自動化テストツールの重要性が浮かび上がります。
SAP は標準のテストスクリプトを提供しており、お客様が同意を得られる場合、主要アップグレード後のテストは自動的に実行されます。(※4)
一方、お客様は自分の業務要件に合わせて追加のテストプランを登録できます。ただし、追加のテストプランを登録する際には、非推奨のアプリケーションなどが含まれている可能性があるため、Q システムのアップグレード前にテストプランを確認および更新する作業が必要です。
メンテナンスの観点から考えると、基本的には SAP 標準のテストスクリプトでアップグレード後の動作検証をカバーできるため、カバーされていない内容のみ (例:ベストプラクティスと異なる運用方法) については、追加のテストプランを登録することをおすすめします。
PUT の紹介や自動化テストツールの設定については、Roadmap Viewer と SAP Help Portal で詳細に記載されているため、この記事では割愛させていただきます。
Roadmap Viewer (sap.com) (運用フェーズ資料)
Post-Upgrade Tests | SAP Help Portal (※5)
Q システムアップグレート後
キーワード:PUT 結果確認、権限整備、ダウンタイムの注意連絡
この段階では、Q システムから P システムへのアップグレード前の期間に焦点を当てて説明します。
PUT の自動実施に同意した場合、Q システムのアップグレードに伴い PUT も自動的に実行され、自動化されたテスト結果の分析 (アプリ ID:F3186) によって結果を分析できます。
失敗したテストケースの原因と推奨される対応方法は一覧で表示され、簡単に確認できます。
テストデータや環境の問題によりエラーが発生した場合、エラーの原因を修正してテストプランを再実行できます。それ以外の場合、SAP インシデントを通じて問い合わせる必要があるかもしれません。
ビジネスクリティカルなアプリケーションで問題が見つかった場合、問題の重大度に応じて P アップグレードを遅らせることもできます。
Q システムアップグレード後の権限ロールの変更点を把握するために、アップグレード後のビジネスロール変更管理 (アプリ ID:F6955) を使用してビジネスロールテンプレートとの差異を表示できます。基本的にはビジネスロールテンプレートに合わせて更新します。
更新手順は以下のようにまとめられています。
それぞれの対応手順については、SAP Learning Journeys で詳細に説明されているので、以下のリンクをご参照ください。
Managing Business Role Changes after Upgrade (sap.com)
最後に、P システムのアップグレード中はシステムへのログインができなくなるため、事前に関係者にアナウンスする必要があります。スケジュールでは週末の2日間を予定していますが、これまでの経験から、通常は丸々2日間のダウンタイムは必要ありません。
では、検証と準備が完了したら、残るのは P システムのアップグレードを楽しみに待つことです。
P システムアップグレード後
キーワード:移送再開、非推奨オブジェクト後続対応
P システムアップグレード後、前の段階で行った権限ロールの更新を移送する必要があります。 一方、RASD で非推奨のカスタムオブジェクトが現れた場合、後続のオブジェクトに切り替える必要があります。以下の例は、RASD からダウンロードした Excel ファイルで、非推奨になったオブジェクトソース (A) と影響を受けるカスタム CDS (B) を確認できます。
さまざまな方法でさらに詳細を確認できますが、以下は拡張性一覧 (アプリ ID:F2587) で必要な後続アクションを確認できます。この例では、カスタム CDS で使用されている 「I_MATERIALSTOCK」 が非推奨になっており、その代わりに 「I_MATERIALSTOCK_2」 に切り替える必要があります。(※6)
半期ごとの主要なアップグレードサイクルは以上の通りです。アップグレード後の新機能や改善点をお楽しみください。
補足
※1 ケースバイケースです。
今までの経験では、主にアプリが UI5 に切り替わり、操作画面が異なるが入力項目が変わらない対象が多いです。大きな変更がある対象のみ操作マニュアルを更新してエンドユーザに展開しています。
尚、非推奨になったアプリは完全に使えなくなるまでに最低限6ヶ月のバッファー期間があります。
以下は2402リリース時点のリンクですので、無効になった場合はキーワードを Help Portal で検索してください。Deprecation Process for Apps | SAP Help Portal
※2 約4年で10回以上のパブクラアップグレードの経験の中でゼロ件ではないが滅多に発生しない。
ただし、業務が止まるほど深刻な不具合はまだ遭遇したことがありません。
※3 移送禁止期間内でも、勘定科目管理とそれに関連する財務諸表バージョンを P システムに移送する必要がある場合は、G/L 勘定マスタデータの同期 (アプリ ID: OB_GLACC71) を使用して対応できます。
詳細は SAP Fiori Apps Reference Library をご確認ください。(URL)
※4 プロセスのテスト (アプリ ID:F5023) で同意設定を行います。
尚、テストを行うためには Q システムで伝票起票を行う会計期間や品目期間を、事前にオープンする必要があります。
※5 2402アップグレードのリンクを貼っています。
リンクが無効になった場合は、Help Portal で 「Post Upgrade Tests」 を検索してください。
※6 非推奨になったオブジェクトは完全に使えなくなるまでに最低限12ヶ月のバッファー期間があります。詳細については CDS のライフサイクルをご参考にしてください。
以下は2402リリース時点のリンクですので、無効になった場合はキーワード をHelp Portal で検索してください。
Lifecycle of a Released CDS View | SAP Help Portal